2年生メンバーの「伝える」ことへの想い。私たちが次の世代にしなければいけないこと。

こんにちは!

 

昨年11月から、Pass onにてライターとして、「伝える」という活動をしています。

5か月間記事を書き、最近はより「伝える」ことへの可能性を感じています。

 

最近、私は、伝えるということは、大切なものを紡いでゆくことだと感じるようになりました。

私たちPass onは、誰かの輝きや、そこに生きている人たちの想いを伝えたい団体です。

以前の記事にも書きましたが、事実だけを伝えたい団体じゃない。

こういうことがありましたっていうニュースだけを伝えたい団体じゃない。

 

そこに生きる人たちの想いを受け取り、それを伝えることで、誰かの想いや人生を紡いでゆきたい団体です。

そこで私がすごく大切にしているのが、「伝わる」記事を書くこと。

私は、「伝える」ということと、「伝わる」ということは違うと考えています。

 

どんなに達者に言葉を並べても、どんなに事実を正確に並べても、それが誰かに伝わらなければ意味がない。

 

 

特に私たちは人の想いを伝える団体です。

 

 

人の想いを紡いでゆきたい団体です。

 

 

私が書いた記事が誰かの心にちゃんと伝わり、想いが紡がれなければ意味がない。

 

 

人の想いを誰かに伝えるということは、すごく難しい。

 

 

自分の心のフィルターを通して、読み手に伝えなければならない。

 

どう表現したら私が感じた誰かの想いを、誰かに「伝わる」ように書けるのか、日々そことの格闘です。

 

 

こうした葛藤と向き合う中で、伝えるということは人を想うことだなとも考えるようになりました。

 

取材を受けてくれた人の想いを記事にする時、わたしはすごく相手の事を考えます。

 

その人が私に紡いでくれようとした想いを一生懸命汲み取り、相手のことを想いながら記事を書きます。

 

また、それと同時に、読んでくれる誰かに「伝わる」ように、読み手の人たちのことも考えます。読んでくれる誰かの事を想いながら記事を書きます。

 

 

こんな風に、伝えるということは、いろんな人を想うことではないかなと最近考えるようになりました。

 

わたしはこれが、すごく素敵だなって思います。

「伝える」っていうことでいろんな人への想いが動いている。

誰かに何かを伝えて、それが伝わった。

そんな時って、いろんな人の想いが紡がれた瞬間なのではないでしょうか。

私はその瞬間が好きです。

だから私は、「伝える」にとても可能性を感じます。