大学1年生が被災地の最前線で、めぐりあったここにしかない復興支援活取材の話

私たちPass onは、2018年3月9日から11日まで岩手県大槌町を訪れました。

大槌町はリアス式海岸の海に面した海あり山ありの小さな町です。

 

2011年3月11日

東日本大震災がこの町を襲いました。大きな地震の後にやってきた大津波は町を一瞬にして飲み込み、この震災で大槌町だけで1200名以上もの死者・行方不明者が出ました。

 

7年という月日が経った今、私たちはその町を訪れました。

 

7年が経ってもまだ電車が開通していない現実。

7年が経ってやっと復興住宅が立ち始めている現実。

 

そんな現実がその町にはありました。

 

でもね、こういう現実はいろんなメディアで報道される話。

毎年3月11日がくるたびに、〇年経って、被災地の現状はこうです。って報道する。

 

私はそれを聞いて、毎年、被災地を知った気になって、何となく被災地のために祈ってきました。

別にそこに深い意味なんてなくて、ただ、あぁもう〇年か。そんな風にどこか他人事で祈ってきました。

 

 

でも、私は、被災地と呼ばれる町にも当たり前に暮らしがあって、そこで生きる人がいることを知らなかった。

 

私にとって被災地は1年に1回思い出す、そんな存在で、東日本大震災からの「復興」っていうのも、私にとっては1年に1回、あっと思い出したかのように祈るもの。

私はいかに、自分が被災地のリアルを知っていなかったか。

この取材を通して分かりました。

 

今回大槌町を訪れて、

この町で7年間確実に暮らしてきた人がいるということ、

あれから7年、毎日の生活を一歩一歩、復興を踏みしめながら歩んできた人がいることを強く強く実感しました。

 

 

「大槌町」

ここで生きる人たちにとって、この町は「被災地」ではなくて自分が暮らす大切な町。

生活があり、大切な人がいて、守りたい家がある。

 

 

私は実際にこの地を訪れるまで、そんな当たり前の事を知らなかった。

「被災地」と呼ばれる町にもそこで生きる人がいて、それぞれの町にそこで生きている人たちの想いがあるっていうことを分からなかった。

 

 

今回、私たちは大槌町で暮らすいろんな人に会いに行きました。

 

私たちに宿と食事を提供してくれた八幡さん、八幡さんが経営されている商店で働くお母さんたち。避難所から始まった刺し子のプロジェクトに携わるお母さんたち。

 

追悼イベントに集まった地元の人たち。

 

そこで出会った皆さんが、この町を大切にして、ここで生きる人たちでした。

7年間、当たり前にこの町を思っての復興に向き合い続けてきた方たちでした。

 

「ここに、生き方がある」

 

私はそれを強く感じました。

 

 

知らないことってたくさんあるんです。

現実を知っただけじゃ、そのリアルを知れないんです。

 

だから私は、そこで生きる人たちに会いに行って、その想いを紡いでゆきたい。

現実よりも、もっとリアルなことを伝えたい。

 

私はまた大槌町を訪れます。

ここで生きる人たちの想いを忘れたくないから。

ちゃんと紡いでゆきたいから。